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2010年5月27日 (木)

エピソード3「Satin Dall」・・・Monty Alexsander

それから、二週間くらい経った金曜日にまた、この2人はやって来た。

今度は食事でもしてきた後だろう、週末の10時過ぎで、混み合っている店に入るなり、空いているピアノ脇のカウンターに並んで座った。

今夜はピアノトリオでゼンさんはアップテンポで、「Just One of Those Things」 のソロを取っていた。

久々に遊びに来た学生時代の仲間のドラムとベースを交えてトリオ構成で、彼らが勝手知ったる他人の店で、自分達で楽器を持ち出し、加わってきた。

ミディアムテンポで始めたこの曲を、中盤から強引に倍テンにスピードアップしたのはベースの森だ。

(倍テン:テンポが倍の速度になること)

ゼンさんはベースとドラムがガンガンとプッシュしてくるのをクールにやり過ごしながら、ジックリと後ノリでスイングしてくる。

序々に三連符のフレーズが増えてくる。

演奏する者の熱が伝わって、満員の熱気が店の中に充満している。

JAZZを演っていて何が楽しいかって、この一時のスリルと興奮があるからだ。

時を忘れ、何コーラスでもイマジネーションが湧き、演奏する者の互いの音が自然に染み込んで、インスパイアーし合える至福の時は正に無我の境地であり、でも一方では覚めた興奮でもあるのだ。

こいう時は聴く方でも分かっていて、話をする者もいない、音に集中している。

大手メーカーの経理部長を勤める川島は学生時代にシンバルレガートの綺麗さにかけては右に出る者はいなかったし、打てば響くベースの大柄な森は今では青物卸しの家業を継いでいる。

もうベースにソロを渡してやろう。

ゼンさんは区切りの良いフレーズを弾いてソロを終わらせた。

森は相変わらずのスピード感でソロを続けている。よく体力が続くものだと半ば感心しながらコードを追った。

カウンターに目をやると、端に座ったいつぞやの二人が目に入った。

ゼンさんは音に集中した、久々に気持ちがいい、完全に音に入り込んでいる自分が分かった。

森は2コーラス目に転調した。

「これは長くなるぞ」と一瞬頭をよぎった。

・・・・・・学生時代、卒業間際にこの三人でコンサートを開いた、そこそこに知れ渡っていたグループだったので小さなホールとは言え300人程入る客席は満席だった。

ゲストも含めて二部構成で二時間半の予定だったが、最後の曲から二番目に用意した「SATIN DOLL」で、森が予定外にノリだし、3コーラスの予定を転調して延々とソロを取った。

終わってみたら、その一曲に20分を費やしていて、結局30分オーバーで終わった。

終了後、会場責任者と時間オーバーのチャージの件で揉めたことはもう30年以上前のことだと・・・・・。

(写真は、モンティのモントルージャズフェスでのライブ盤、ここではモンティの最高のノリとスイング感、グルーブ感が会場の熱気共々味わえる、臨場感抜群、これがジャズのライブだ・・・を感じる一枚)

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ベースがソロを終えた、ゼンさんはドラムとの4バースに入った。

(4バース:4バースチェンジのことで、異なる楽器が4小節毎にソロを交換するエキサイティングな奏法、8バースや2バースなどもある。)

2ヶ月ぶりにやる三人だけどこのくらいは成り行きでお互いに通じ合える。

店の演奏時間はとっくに超えているけど、こういう時、時間は関係ない。

川島が派手なもっともらしいエンディングを作ってこの曲は終わった。

お客が興奮気味に手を叩いて喝采している。

例の2人もピアノの脇で目を輝かして手をたたいている。

「もっとやろうよ」という常連のノリで3人は考えた。

「次は何?」森がゼンさんに聞いてきた。

ゼンさんは打って変わってスローバラードをシングルトーンで弾き始めた。

「I love you」だ、これをオフビートで弾き始めた。

16小節を終えると、ベースが絡んで入ってきた。

やり取りしながら、1コーラスを終えるとドラムがブラッシュでリズムをつくりだす。

興奮の後の静けさ、音に集中しているお客・・・その心地よい緊張感を三人は感じながら演奏を続けた。

ヨーコは店のドアーに「CLOSE」の札をかけて下に降りてきて演奏を聴いている。

この日の演奏が終わったのは午前1時を廻っていた。最後のお客が帰り、静寂が戻ってきたのは1時半を過ぎていた。

(ジャケットは、ローランド・ハナ・トリオ、ベース:エディ・ゴメス、ドラム:日野元彦・・I love youはコール・ポーターの名曲で名演も多いがこのピアノトリオ盤は秀逸な一つ、歌ならジョー・スタッフォードを先ずは聴くべし)

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でも例の2人はまだ何やら話し込んでいた。「もう看板ですよ」とは言ったことが無い。

そんなことは言わないでも分かる、自然の流れでいい、いつもゼンさんはそう思ていた。

「吉川さん、今日はどうだった?」ゼンさんは今日初めて声をかけた。

ボトルの名札で彼の名前は知っていた。

「いや、素晴らしかった、何か本気で音に立ち向かってゆく演奏ってカッコいいですね」

「まだ余韻が残っているので、外に出るのが惜しくて、そろそろ帰ります。」と彼が気を使って立ち上がろうとした。

ゼンさんは「いいんだよ、まだ、どうせ我々も一休みだ」

「ところで吉川さんは仕事は何をしているの?」ゼンさんは、彼の職業はサラリーマンと読んで差し障りが無いと思って聞いた。

「僕はシステムエンジニアをしています」かれは大手コンピュータメーカーの名を告げた。

「彼女は婚約者です」彼は自分で話し始めた。

「三つ違いで彼女はこの春に大学を出たばかりで」

ゼンさんは年の割には風貌が成熟している様に見えるなと思った。

「何時結婚するの?」

「いや婚約と言っても取り合えず二人の間で・・・」少し口篭もった。

ゼンさんはこの2人は良い家庭で育ったものを既に感じ取っていた。

人を疑わない素直さが反って青年を危ういものに見せていたし、好奇心と向上心は強く、信じたところに頑固になる性格が目と口元に現れているのを見逃さなかった。

「とりあえずと言うことは・・・」ゼンさんが理由を聞く筋書きに持っていった。

彼はそのままゼンさんの話にのった。

「そうなんですよ、僕の両親が反対していてね、了承が取り付けられない、それで時間が掛かっている内に今度は彼女の方の父親が事業で困難になってしまって」

なんだ、当人同士の問題ではない、親の問題か、ということは両方とも相当良い家柄というわけか・・・内心2人で解決しなさいと言い出しそうになった。

「僕はいいんです、別に両親の反対なんて、家を出ればよいだけですから」

「おう、言うね、そうだよ」思わずゼンさんの口をついて出た。

「でも彼女の父親が大変なんです、会社がというか親の資産が・・・」

未だそれ程親しい間柄でもない相手にそれ以上ははばかれる感じで話を中断した。

ゼンさんも相手が話したくない事をそれ以上聞く気は無かった。でも次の一言が脳裏に反応した。

「株屋と銀行に騙されたんです」彼が話した時、彼女が暗黙に話しをさえぎった。

「もういいから、そんな話、止めましょう、せっかくいい音楽を聴いたんだから」

「・・・I Cant’ Get Started・・・か」、ゼンさんは下らないシャレを浮かべて苦笑した。

長さんもヤマちゃんもヨーコもそれぞれが飲み物を手にしながら一服しているが、耳はこの話に傾いている。

「じゃあ、この辺で帰ります、今日は楽しかったです」

「また来ますね」

2人は深夜の街に出ていった。

「あの二人、この店を気に入ったのかな」ヨーコがつぶやいた。

「また、近々来るね」ヤマが納得して言った。

「みんな、片付いたか、じゃあ、上にゆこう」ゼンさんが腰を上げた。

それぞれが灯を消し、ドアーを締め、一階のクローク脇のドアーから中庭を通り母屋へと移動した。

母屋の玄関のドアーはかなりの重さで、防音設備にもなっている。

知らない人が来たらこのドアーの向こうの部屋の照明を点けて驚くだろう。

50畳以上はあろうと思われる広さで、入ってすぐにフクラ社製の革張りの大型ソファーがあり10人はかけられるだろう。

蛍光灯を使わない、かといって煌びやかなシャンデリヤでもない、間接照明だけで見事に落ち着いた雰囲気をだしている。

次に両サイドにそれぞれ4人づつかけられる食卓テーブル、奥にはバーとキッチンが揃っていて、こちらを店にしても良いくらい整っていた。

長さんが手際よくヤマちゃんともう仕込み済みの夜食の用意をしていた。

サイドボードをはじめとする調度品や食器は全て洗練されており、やはりこの小野田善一の頑固な趣味で揃えられたものと言う事は直ぐにわかる。

当然のことの様に壁際には、バング&オルトフォンの薄型オーディオセットが組み込まれていてリモコンで10枚ほどのCDが操作できる仕掛けになっている。

ただ、あまりオーディオには凝らないゼンさんもスピーカーだけはJBL4331にしている。

「生の音に勝るものはない、いくらオーディオにお金をかけても駄目だ、中には生より良い音を出すと自慢する奴もいるが、そういう奴の耳は信じない」がゼンさんの口癖だ。

リモコンをONにしてCDを流した、流れでた曲はなんと、ホセ・カレイラスが南スペインの民謡を歌曲にしたソロだ。

「カレイラスという人は歌を歌える人だね、歌詞じゃない、生きるか死ぬかの瀬戸際を生き抜いてきたから人の弱さを知っている唄だ」ゼンさんは何度か口にしたセリフをまた独り言の様につぶやいた。

カレイラスの包容力のある歌声が部屋の雰囲気と照明とに昇華して一体となった。

(今回はなんと、カレーラスまで登場ですが、ジャズばかりじゃない、こいう歌声もいいものです)

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「さあ出来たよ」長さんがテーブルに大皿を抱えてのせた。

「オー、リゾットだ、最高、匂いがたまらないよ、お腹すいた」ヤマがお皿を配った。

ヨーコがスプーンとフォークを置いている。

長さんがゴルゴンゾーラを削っている。

ゼンさんがゆっくりとテーブルについた。

「みんな、食べながら聞いてくれ、今日は8月末だ、我々の資産状況を伝えておく日だ・・・・」

「7月末つまり先月末で3542万円、今月末は概算で5200万円だ、約1700万円の増加だ、以上」

「なんで急に増えたの」ヨーコが聞いた。

「この1ヶ月で日経平均をみてごらん、急速な上昇機運だ、たまたま我々の銘柄がその先頭にいて急上昇したという訳で、既にこれは見切って、利益を確保した、だから今日は次、何に乗るかを皆で考えてね」

株式相場への投資だ、ゼンさんがコーチ役だ。

ゼンさんが最初にアドバイスをすると皆が考えない、少しは自分で考えた方がいいと思っている。

そして、ワイワイ、ガヤガヤ冗談交じりにやるのもストレスの発散になるし、社会勉強、経済の勉強になると。

ゼンさんは自分の分は別途運用している。

「バブルがはじけたからこそ、儲ける機会がある」はゼンさんがよく言う言葉だ。

「長さん、今日はなんでイタリアンなの?」

「だって、あんな演奏を聴いたり、演ったりしたら体力が消耗するものね、心地よい疲れだけどね、だから栄養補給さ」

ゼンさんが「じゃあこれだな」とキャンティー・クラシコの栓を抜いた。

<続く>

(しかし、ジャズやって儲かった・・・なんていう話は聞いたことがありませんねぇ・・・・笑)

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コメント

Satin Dall、といえば、オスカー・ピーターソンが超高速で演奏してます、そうモスクワで演奏したライブレコーディングを聴くと、メトロノームの最速に合わせてもまだ早い、四分音符が0.2秒くらいです。
そしてアノお決まりのリフもその速度で演奏してます。
ピータソンも凄いけど、その速度で追うレイ・ブラウンはもっと凄い!

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