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2010年6月10日 (木)

エピソード8:「レコーディング」の巻

・・・・・ゼンさんは、ドラマー大野寿和のレコーディングの立会いにゆくことになった・・・・・・

ゼンさんは、久しぶりにガレージから中庭に幌のかかったオープンカーを出した。

濃紺の「モーガン+4」だ、ピカピカに磨かれたボディが持ち主の入れ込みかたを現していた。

木製のシャーシーで手作り、1950年以来この製法を頑固なまでに変えていない。

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サイドステップ付きでスポークタイヤ、木製のステアリング、エンジンやミッションの機構も50年代そのままだ。

車はどうして走るのか、その理屈がボンネットを開けるとそのまま見えるような単純な構造の車だ。

今の車はボンネットを開けても、コンピューター制御で訳がわからない、そんな危険な機械によくも命を預けられたものだと思う時がある。

クーラーの無いこの車は、熱い夏、寒い冬という日本の気候では年に何度も乗る機会はない、今日は数少ないその日だとゼンさんは思った。

11月の初め、日差しの良い日だ。

ゼンさんはライトブルーのシャツに白のコーデュロイのパンツ、肩に車と同じ色のセーターを懸けてシートの乗り込んだ。

旧式のテープ方式のオーディオで、「ドン・ランディ トリオ」を聞きながら。

ゼンさんは、この車では飛ばさない、リロイ・ヴィネガーのヲーキングベース、メル・ルイスのミディアムテンポが似合う運転をする。

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路地から表通りへ、風が心地よく流れてゆく。

木々の葉が綺麗に色づいている。

青山通りを赤坂方面に進め、途中で額縁専門店に寄る、LPジャケットが丁度良く入る額を6個オーダーし、もう一つ、150センチ四方の細身の枠で、これを一つオーダーした。

この間20分、ゼンさんはイメージした買い物に時間を掛けるのが好きでは無い。

外苑前の銀杏並木が今年は色づくのが少し遅いようだけど、相変わらず黄金色に変わりつつある。

この銀杏並木・・・大学時代は車で登校する通り道にしていた・・・と脳裏に浮かべつつ・・・

銀杏の黄色く色づいた葉がシートの中に舞い込んできた。ゼンさんはその葉をそっとダッシュボードの上に置いた。

信濃町方面へ向かい、とある寿司屋の前で車を停めた。

またその間5分、車に乗り込むと、スピーカーから流れる「I LOVE PARIS」に耳を傾けながら、来た道を戻り青山通りから246へ、渋谷の交差点を越え、大橋のトンネルをくぐり、三軒茶屋から深沢方面へと車を進めた。

シフトダウンではダブルクラッチを踏む、快適なエグゾーストノイズを残しながらゆったりとドライブした。

まるで車をいとおしむかの様に。

平日の午後にしては流れが良く、40分程度でスタジオへ着いた。

久しぶりに気持ちの良いドライブだった。

午後三時にスタジオ入り。

大野は楽器のセッテイングをボーヤ(バンドボーイ、付き人)としていた。

シンバルの選択に迷っているようで、ゼンさんの顔を見るなり、「どうしよう?」と聴いてきた。

パイステ、セビアンかKジルジャンか・・・

ゼンさんはトップはパイステでサイドがジルジャンと言った。理由は録音の際はレガートとステックの音が明確な方が良いと考えたから・・・。

果たして、その考えは大野と一致した、「やはりね、俺もそう思う」と大野が握手した。

ベースは坂井光二で業界では中堅で手堅いサポートをする、バークリー帰りの評判のベーシスト、ピアノが今日の主役で新人ながら話題になっているピアニスト、志田慶四郎、もう30歳だが新人だ。

大学卒業後、この世界に入り評判にはなっていたがレコーディングの機会に恵まれなかった。

そこで大野の仲介で大手レーベルの企画部長が「大野トリオ・フューチャリング志田慶四郎」ならやってもいいと言うことで今日のレコーディングとなった。

志田のファンキーさと繊細さの両方を活かす選曲で、大野と志田が選んだものだ。

1、DAT DARE

2、WILL YOU STILL BE MINE

3、WISPER NOT

4、SO TIRED

5、ALL BLUES

6、TOO SHY TO SAY

7、WELL YOU NEEDON’T

8、ORIGINAL BLUES

ヒットパレード風だけど、CD時代で曲目が増えたから盛りだくさんになってしまうのかな・・・とコピーされた曲順の紙をながめた。

ボビー・ティモンズが二曲あるところが彼の方向性でもあるのだろうか。

録音は4時から開始された。

これを一日で録音するのは大変だな、8時間は優にかかるだろうと推測した。

でもスタジオ代も高いからレコード会社は一日で済ませたい気持ちもわかる。

1,3、4、5、という順に録音しここで休憩、テイクバックを聴いた。

4はもう一度取りたいと志田が言い出し、4のTAKE2を取りにかかった。

ジャズのレコーディングは調子の良い時にはあまりテイクを重ねないで行ける。

よほどのミスが無い限り、ソロパートはかなり練ってきているので大幅に変わることはない。

スタジオ録音の特徴だ。

せいぜいTAKE2で順調に進んでいった。

6でベースの坂井が迷いだした。

「すみません、僕のソロの2コーラス目の頭の部分、一音入替えたいんですが」

ミキサーが「ここですか?」と再現する、坂井が「そうです、2小節目の最初の音です」

そういうと坂井はベースのブースに入り、ヘッドホーンをつけた。

ミキサーは指摘された音を一音だけ、抜き出し消した。(パンチアウトした)

ミキサーはベースソロの最初から再現した、坂井は合わせて弾いているがこれは関係無い、いよいよ指示のあった場所にきた、坂井は自分の入替えたい音でその個所を弾いていった。4小節くらい先でミキサーが停めた。

ミキサーがテープを戻し、再現した個所をもう一度流した、ブースで坂井が聴き入っていた。

ミキサーがブースの坂井にマイクで問い掛けた、「パンチイン、これでいいですか?」

(パンチイン:音を差し込む作業)

「OKです、どうも」

今度はピアノの志田が言い出した。

「TOO SHY・・・・のテーマの最後の部分、そうソロに入る頭なんですけど、ソロに頭からではなく、一拍引っ掛けて入りたいんで、一音入替えてもらえますか?」

ミキサーはベテランというより名人と言われる神尾良雄だ、日本のヴァンゲルダー等と言われている。

ミキシングは最高だが、音楽の内容には口をださない。

言われるままにしている。

志田はピアノのブースに入ると同じことを繰り返した。

ミキサーがマイクで言う「パンチイン OKです」

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「さあ、もう一度最初から聴いてみるか」と大野が即した。

時間は三時間を経過している、プロデューサーの佐野氏が途中からやってきた。

「進んでいるか?」

ジャズのレコーディングではこの場合大野に任せている、選曲は済んでいるし、曲目も事前にライブハウス等で聴きOKを出している。

ミキシングルームの裏にあるガラス張りの控え室で聴くことにした。

企画部長でもある佐野氏は以前にゼンさんの店にも良く来ていたので、顔見知り以上だった。

ゼンさんがここにいる事が当然のように挨拶した。

その時、スタジオの受付の女性がゼンさんを呼びに来て耳打ちした。

「いいよ、こっちで」とゼンさんは伝えた。

ゼンさんはこの様な場合何もいわない、というより言う立場ではないからじっと聴いているだけだ。

ゼンさんが口を開いた、「丁度いいや、寿司が届いた」

立ち寄ったすし屋から10人前の寿司が届いた。

その場の疲れた空気が若干なごやいだ。

「さあ、残り三曲だけど、皆などう?」大野が聞いた。

「結構上手く進んでいるじゃない」ベースの坂井が場慣れした話かたをした。

志田が何か考えている。

「どう?志田君は」佐野が聞いた。

「ううん、色々やりたい事が後からわかって、でも取りあえずあと二箇所くらい修正したい所があるんですけど」志田が言い出した。

「そうか」大野が思案顔になった。

エンジニアも演奏者もみんな、食欲旺盛になっている。

その分リラックスして言いたいことを言い出した。

「ゼンさんはどう思う?」大野が突然聞いてきた。

ゼンさんがおもむろに口を開いた。

「僕が聴くには全部良いと思うけど、一音一音を言われても余りに専門的過ぎてよく分からない、でも一音のミスというか入替えより、全体を通した感じがどうか、ということの方が大事じゃないの、そういう意味では僕は全部いいと思う」

大野が付け加えた「そうだね、細部がどうの言うより、全体を聴いてね」

普段は言わない佐野氏までが言い出した「CDを買う奴は一音の選択まで気にして買う訳ではないからな」

「と言うことで・・・残りの三曲は、曲の演奏に全身全霊を入れ込むこと!」と大野が纏めた。

休憩が終わり、再度三人は音への集中力を高めていった。

ゼンさんはレコーディングを聴きながら、ジャズの原点はやはりライブであるべきだなと思っていた。

1954年12月24日の有名なクリスマス録音をおもいながら。

何故、スタジオ内での揉め事まで録音しレコードを出したのだろうか。

例えスタジオでもジャズはライブなのだ、二度と再現できない即興、インプロビゼーションこそジャズの命であることを知る人だからこそ、あの様なレコードが出来たんだ。

そう、喧嘩するくらい仲の悪いピアノとペット、「俺の吹いている時は後ろで弾くな!」という人と何故一緒に演奏をするのか・・・。

ジャズは「合奏」ではないのだ、互いにインスパイアーし合うということは、別に仲良しでなければいけないという法則は無い。

前にソロを取り、インプロビゼーションをもって表現したものを、次の奏者が否定する様なフレーズで主張しても良いわけだから。

むしろ、その場の状況を忠実に録音し聴き手に伝えることがジャズなのだ。

ゼンさんは心のうちで日頃の思いが確信へ変化してゆくのが分かった。

残りの三曲は前に比べて仕上げは粗いが勢いのある内容になった。

最後にテークを聴き直して全員が一致した。

「スタジオ録音とは思えない勢いが音の中にありますね」志田が言葉にした。

ゼンさんは基本的にはジャズはライブレコーディングが好きだ。例え背後にお皿の音やフォークとナイフの音が入っていようと、掛け声が入っていようと・・・。

モンクとコルトレーンの4バースチェンジ(アルバム名:モンクス・ミュージック)では、あまりの白熱した状況にブレイキーとコルトレーンが4小節を間違えている録音があるし・・・、でもその様な作品こそ、間違いなく名演奏、歴史的名演として残っている。

また、ゼンさんの夢が広がった、そうだ、自分のクラブで何れはライブレコーディングをやろう。

ゼンさんは楽しくなってきて、一人でニヤッとした。

スタジオを後にしたのは、12時を廻っていた。

ヒヤっとする夜風を浴びながら、ゼンさんは帰り道をたどった。

途中で後ろから大野の車が追って来た、「ゼンさん、これから店に帰るの?」

「勿論」

「じゃあ、これから一緒に行くよ、ゼンさんの店まで」

ゼンさんの車のオーディオからは「DOIN’ THE THING/ホレス・シルバー」がかかっていた。

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シルバーがヴィレッジ・ゲートに出演し、自分でMCをしている、「では、フィルシー・マクナスティ!」

ゼンさんは「これじゃなくちゃ」と・・・アクセルを踏んだ。

<これが、日本のジャズの録音現場の実態です。日本のアーティストが海外の大物アーティストと競演したアルバムがありますが、私はあまり信じていません。何故って、競演というのが怪しいのです。事前に日本サイドで録音をして、後日、その外人アーティストが日本に来たとき、空いているトラックへ「かぶせ録音」をするケースがあるからです。これをトラック・ダウンといいます。録音技術の進歩は即興芸術の極致であったジャズの世界において、まるでCGで映画を作るような、陳腐なことになりつつあるのです。

アコースティックとは楽器だけでなく、録音技術も、製作者の精神も、そうあって欲しいと・・・・思うのです。

デジタルとアナログのバランスを大切にというのは、こういう所にもあると思うのです。

そして、作品を包む大事なジャケットも・・最近手抜きが多いと思いませんか!

壁に飾るジャケットなんて最近お目にかかりませんね。10センチ角の世界だから手を抜いてもいいのですか?

やはり、30cm角のジャッケトはそれだけで芸術作品だし、音が聴こえてきます。ライナーノーツを読んで心をときめかせ、買ったLPを抱えて家路を急ぎ、待ちきれずにターンテーブルへ乗せたものです。

今はライナーノーツも無くなりなしたね、今は「インナーノーツ」ですね。老眼鏡を架けないと見ないくらいケチな字体で書かれていますね。

今この物語では、物語の場所となっているクラブの壁を飾る6枚のジャケット選びをしています。皆さんも是非参加してください。

<みんなで「30cmジャケット復旧運動」をしませんか、あの高い値段のCDを買うのですから、ジャッケトくらい中身の音と同じくらい根性入れて作ってもらいましょうよ!、中はCDでもこの際妥協しましょう、でもジャケットは30cm角。

「30ジャケ復活協会」と言うのはいかがですか、賛同の方はご自分のサイトなり当サイトで、製作会社へ訴え続けましょう。>

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