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2010年7月30日 (金)

エピソード24: 「帰還者」

2月の下旬の冷たい雨が降る木曜日、最後のステージが始まったころ・・・そう10時半ころだろうか、一人のヒゲだらけの顔につば広の帽子を目深にかぶった男が入ってきた。

ゼンさんはピアノの後ろで演奏を聴いていた。

フロアーのヤマちゃんの、「いらっしゃいませ」という声でゼンさんは視線を上げた。

えっ、吾郎かな?「おい、吾郎ちゃん」とゼンさんが小さく声をかけた。

無言で少し会釈をし、ピアノの後ろの席についた。

赤木君は「リル ダーリン」を弾いている。

「どうしたの吾郎ちゃん」

「昨日帰ってきた、1ヶ月だけ」

河田吾郎、以前この店で弾いていたピアニストで、ふっとニューヨークへ行くと言って消えてしまった。

<これはこの話の第二回目くらいに書かれている。>

「ヒゲ伸びてるね」とゼンさん。

「ウン、不精ヒゲだ」

曲は3曲目、「NO MORE BLUES」だ。ピアノソロが終わり、ベースソロに入った。

河田が立ち上がって、ピアノのところへいった。

赤木君は最初わからなかったが、直ぐに気がついて、飛び上がって交代した。

伝説のピアニスト、河田吾郎のヒゲ面がそこにあったからだ。

ドラムの大野は既に気がついていた。

ベースの山田君も2コーラスでソロを終え、ピアノに回した。

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吾郎のピアノが鳴った。太い、ごつい音だった、今までと同じ楽器とは思えない響きだ。

フレーズも泥臭いブルースだ。

ゼンさんがつぶやいた、「音がちがう、明らかに2年前の吾郎の音とは違う」

「やはり環境が音を変えたのね、音質までブルースね」ヨーコが言う。

吾郎は決して早弾きをしなかった、あくまでも後乗りで、ネバッコイフレーズに徹した。

赤木君の耳が立っている、なんでこんな音が出るのだろうと言う顔だ。

早いフレーズではないのに、徐々に盛り上がる、大野のドラムと山田のベースが、何時になく粘っている。

三人が全く違う世界に入った。

音数も少ない、でもこのブルース・フレーズは何だとゼンさんが感じていたとき、「ゴスペルね」とデザイナーの京子さんがゼンさんの耳元でささやいた。

そうか、ゴスペルだ、このネバッコイ スイング感、フレーズ、反復。

でもピアニッシモとフォルテッシモのコントラストが見事だ。

音のウネリの中に連れて行かれる。

ミディアム・スローで始まったこのブルースが、ここで倍テンになった。(倍のテンポにすることを「倍テン」という)

でもピアノはそのままのテンポにはついて行かない、遅れ気味に、半テンにしたり、倍テンにしたりと、あくまでもネバル。特に左手はリズムを刻んでいるが、ビハインザビートでメロは後に遅れて弾く。

だからと言って、リズムをモタれさせるこは無い。

たまらない心地よさに聴くもの皆が浸っている。

その雰囲気のまま、音も太いまま、吾郎は演奏を終えた。

この日ここにいたお客は幸せである。

吾郎はNYで日本人のプロデューサーに会い、レコーディングの依頼が来たのだ。

今回は録音のための帰国だった

「吾郎さん、久しぶりですね」

「二年ぶりだもの、一度も帰らなかったものね」

「NYはどうだった」

「厳しかった」

「でも、あのピアノ、以前の吾郎さんとは違うわ、音質がぜんぜん違う」

「そうかな、NYではか細い音では対抗できないから、自然と太くなるし、通る音になるね」

以前から吾郎を知るお客が声をかける。

相変わらず、バーボンを生で飲むことは変わっていない。

「変わらず飲んでるだ」とゼンさん。

「これがないとね」とグラスを掲げた。

やおら弾き出した曲、「SUMMER TIME」

ポギーとベスの挿入歌、ガーシュインだけど、黒人霊歌が原点だ。

スローバラードから、この子守唄をどう料理しようとしているのか。

スローテンポで一度転調し、気持ちが高上する仕掛けを作った。

そして再度転調し、二拍三連のリズムへ切り替えて、クライマックスを盛り上げた。

そして、再度、転調し、テンポも落とし、静かな子守唄へと戻ってゆく、盛り上げて終わりにしない。

歌詞の最後は、♪so,little baby don't you cry  だから、合わせるように、静かに7THの音をおいてエンディングにした。

<次回に続く>

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