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2010年7月13日 (火)

エピソード19: 「アート・ファーマーの思い出」の巻

<前回より続く>

・・・・・・ゼンさんは自分がやりたい曲で頭の中が飽和状態になっていた。なんていっても三管編成だ、何でもできる。ワクワクしている、でもやはりバラードも入れたいし、三管のファンキーなハモも聴きたい、そして一人一人が充分に時間を取ってソロができるようにしたいし・・・・・と。

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そうだ、オープニングは「ムーンリバー」だ!それもジャズ・メッセンジャーズの「ブハイナズ・ディライト」(BN)にある編曲で、オープニングだから、個人の長いソロはいらない、三拍子の曲を4ビートのアップテンポで、誰もが「ムーンリバー」といえば、マンシーニの曲でヘップバーンの優雅な映画を思い出す、でもこれが全く異なる、大ファンキー節で始まるあの編曲だ。ブレイキーのナイアガラロールで始まり、フロントの三人が揃ってモーダルだけどファンキーな迫力あるメロディーを一気に聴かせる、・・・・・そうだここから始めよう。

そして、いよいよ最初の曲にはいる、大事な一曲目だ。

やはり最初は全員が景気よく入れるアップテンポな曲がいいだろうな、でもオープニングとのコントラストがあるから、リズムをアフロに転換して、「ナイト イン チュニジア」だな、そして全員フーチュアーしよう3コーラスづつくらい。続いてミディアムでブルース系だな・・・・その次にはペットをフューチャーして、「アイ リメンバー クリフォード」ここが締めどこ、聴かせどこになるな。

でもこうして1ステージを100分くらいで構成して1日二回、三日分でなるべく繰り返さないようにするとなると、かなりの工夫がいるな、大変だ。

ゼンさんはソファーにひっくり返りながら、メモ用紙に書き入れていった。

もう日差しは初夏の日差しだ。サイドボードの上の飾り時計が11時を指している。

大きな窓ガラスを開けておくと丁度良い空気の流れがくる。湿度もまだ低くカラットして気持ちがいい。ゼンさんは目を閉じて、「ジャズを聴き始めて50年間か・・・永いようであっという間だったな、でもいろいろあった、沢山の人と出会うことができたし、ジャズが好きで良かったなと感じ入っていた。お陰でクラシックも好きになり興味をもったし、音楽というものの聴き方が多少、深くなったというか、集中して聴けるようになったと・・・・」

出会いといえば、アート・ファーマーもいたなと、ふと当時のことを昨日のことの様に思い浮かべていた。

<1984年アート・ファーマーの思いで>

1984年秋、小さなジャズクラブに出演が決まっていた彼は、開演時間の午後7時より2時間早い5時にはそのクラブへ一人でやって来た。

私もリハから聴きたいと言うおもいで、5時前に行き、顔パスで店の中にいた。店内は掃除をしたり、テーブルを拭いたりとスタッフが準備に忙しかった。

ファーマーは楽器ケースからフリューゲルフォーンを取り出し、マウスピースを選び、丁寧に装着した。

ピストンの動きを確かめる。かれは静かに立ち上がると、非常階段のドアーを開けた、そこは、ビルの外側に取り付けられた鉄骨非常階段があり、空ビンケースなどが雑然と積まれていた。まるでそこだけは、ニューヨークの場末のビルの裏という感じだった。

その階段の踊り場でファーマーはマウスピースを唇にあてた、そして確かめるように、息を吹き込みB♭を静かに出した。その音はかなり長く続いた。一音一音、確かめるように、ロングトーンの練習は続いた。綺麗な音だった、彼のフリューゲルはその時丁度、ビルの谷間にある真っ赤な夕日に向いていた。

夕陽が楽器に反射しハレーションを起こし、煌いたが音は落ち着いていた。

僕はその光景を独り占めにできた、その練習が終わるまでの40分間じっと見つづけていた、至福の時だった。

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ウヲームアップが終わると、チラッと僕に視線を向けたが直ぐに控になっている、お店の隅の席にきて楽器を拭き、置いた。

6時をまわると常連をはじめとしてお客さんが入り始め、混雑してきた。

バンドのメンバーも到着し、ファーマーのところに来て握手を交わしていた。

その時、常連客の一人の女性が「アッ、アート・ファーマーがいる!」と言って能天気に近づいてきて、彼に握手をしにきた、彼はファンを大事にする、握手しニコヤカに振舞った、その時、その女性が座ろうと腰をおろしかけた椅子の上にフリューゲルフォーンがあるではないか!!!!。

一瞬ファーマーの顔が凍った、僕は反射的にその楽器をサーッと取り上げた。楽器に届く位置にいたのは僕だけだった。彼女は何もなかったかの様に腰をおろした。

ファーマーが僕を見て胸をなでおろしているのが分かる、僕は笑顔で楽器をそっと彼に渡した。

「気をつけてね、ここは控の場だから大事な楽器があるからね」僕はその女性に注意したがその人は何かなという腑に落ちない顔をしていた。

僕とファーマーの気持ちが通じた一瞬だった。

彼との会話が始まったのはそこからだった。

彼は僕のことをお店の人間だと勘違いしていた。

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僕は自己紹介し、僕がブレイキーの「モーニン」の次に買ったレコードが「モダン・アート」(ファーマ+ゴルソン+エバンス+・・・)であったことを話し、「ジュビレイション」という曲の印象など、まだ若いエバンスの印象など聞いた。

そこにドラムのロイ・マッカーディーが来た、ファーマーは僕を紹介してくれてロイも会話に加わった。

ロイにいった、「僕はあなたを聴くのは二度目だ、最初は1964年にロリンズと来日した時に聴きましたと、そうポール・ブレイやヘンリー・グライムズが一緒だったかな」と記憶をお互いにたどりながら話をした。

ロリンズの当時のモヒカン刈りのことなど、そしてファーマーとはジャズテットの話などを聞かせてもらった。

その日は1フォーンでジックリとファーマーを聴いた。因みにピアノはハンク・ジョーンズ、ベースがレジー・ワークマンだった。こんな編成は珍しい、たまたま来日中のメンバーで編成した偶然の素晴らしいカルテットだ。

これを堪能したあとのアフターアワーズで深夜の街にファーマーと出た。

二人で中華料理を食べたら、彼が今日は僕が奢ると言う、何しろ楽器を救ってくれた恩人だからと。

食後に近くの行きつけのジャズクラブに行った。

演奏の終わった時間ではあったが、日本人ミュージシャン達が歓迎してくれ、ジャムが始まった。

まだ残っていたお客はラッキーだった。

そんな思い出がアート・ファーマーにはある。

あのファーマー独特の温かい音質は彼の性格がそのまま音になっている。

「賄いのシチューができたけどたべる?美味しいバケットもあるよ」とチョウさんが声を掛けた、ゼンさんは静かに目を開けた。相変わらず木漏れ日の中から気持ちのいい空気が流れてきている。

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BGMは「Modern Art」にしようか、いや「THE SUMMER KNOWS」(アート・ファーマー)にしよう。このタイトル曲はいつも胸にジーンと来る曲で、ゼンさんは若かりし頃の、夏の日の思い出に重なる曲なのだ。

<次回に続く>

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コメント

ゼンさん、こんばんは。

ファーマーとハンクにレジー、ワークワクする演奏だったのでしょうね。

>一瞬ファーマーの顔が凍った

ファーマーは驚きのあまり声にならない声で叫んだことでしょう。

「ギャー、レスピーになる」

失礼しました。
ついでに、「ゼンさん、メッセンジャーズのタバコの煙がブハっのジャケは?」

「ブハイナズ・ディライト」

おお、Dukeさんのダジャレ攻撃が始まりましたか!

そろそろ防御策をこうじないと・・危ない。

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