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2010年8月 4日 (水)

エピソード27:「ジャッキー・マックリーンのこと・・・」

<前回より続く>

J.マックリーンを知ったのは高校3年のとき、バンドを組んでいた仲間で今は亡きアルトの軒口君が、「おい、すげーぜ、マックリーンの「Let Freedom Ring」は、高音がとても綺麗に抜ける音でさ・・」といつもの評論家口調で休み時間に講釈を始めた。

ドルフィーとはまた一味違う、そう音に哀愁があるのだとも言う。

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早速、LPをメンバーの四人で聴きまわした。

僕は、レフト・アローンを吹くマックリーンの印象が強く、あの訴えるアルトの音色がたまらなく好きだった。

チューブから搾り出すような、音質は人々の心に突き刺さる音だ。

そして、マックリーン独特の解釈によるアドリブフレーズと独特の音程は、時として前衛色をもかもし出していた。

「斬新な音」それが僕の当時の印象で、フレーズより、音質で勝負する人と思った。

そして、アルバム「マタドール」の裏面、「メラニー」という曲と曲の構造が面白く、印象強いメロディーが今でも口ずさめる。好きな曲の一つだ。

僕は、1990年に目黒のあるライブハウスにマックリーンが出ているを聞き付け、聴きにいった。

あの大物なのに、店の中はまだ空間があった。

ジャケットや写真でみる鋭い目つきでは無く、人の良さそうな目つきだった。

僕は年齢がそうさせているのではと思いつつ、音を聴いた。

まだ衰えた音ではなかった、鋭い鋭角的な音質は、録音以上に生音で感じることができた。

そして、フレーズの行間で聴かせる、サブトーンにとても優しい音を感じることができた。

鋭い音と優しさに包まれたサブトーンのアンビバレンツなフレーズが、序破急となり陰陽をつけ、見事なマックリーンの世界を創りだしていた。

これが生の本物のジャッキー・マックリーンだ・・・、演奏をしている表情すら演奏の一部となり、聴くものとのコミュニケーションを求めてくる。

僕が初めてマックリーンを聴いてから、25年が経っていた。

お互いに年を取った・・・演奏するものも、聴くものも、・・・だから又演じる者との共感ポイントを持ちながら聴く術をこちらも身につけたということか・・・・。

演奏後、彼を紹介してもらい、話をすることができた。温和な人柄がにじみ出ていた。

楽器の音とは対照的な、太い柔らかい声で話した。僕の友人であなたをコピーした奴がいると言ったら、笑いながら、僕をコピーしたら変人あつかいされたのでは・・と笑った。

ジャッキー・マックリーンをこよなく愛した、僕らのアルトの軒口君は40歳そこそこで一足さきにあの世に行ってしまった。

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今夜は、レフト・アローンでも聴くとするか・・・・寂しくも美しき旋律を・・マルのピアノと共に・・・。

<次回へ続く>

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