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2010年8月10日 (火)

エピソード29: 「ベーゼンドルファー」

<前回より続く>

ゼンさんは朝から落ち着かなかった。

と言うのも今日はあの、ベーゼンドルファーが搬入される日なのだ、午前中にスタンウエイを運び出し、母屋の居間へ設置した。

昼過ぎには来ると連絡があった、調律師からも連絡があった。

今日は音だし、初日だ。

河田吾郎も早々と居間に陣取ってCDを聴いているが、内心はベーゼンを待っている。

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ベゼンドルファーは「強力な武器」だとまで言う河田は、初めて弾くわけではない、音大時代には弾ける機会は沢山あった、そこで初めて楽器の違いによる差を感じた。

でも学生であった河田には、音質の凄さを感じることが出来ても、その音をどう料理して良いか分からなかった。

重いキーを負けずと押し込む強力な指力を鍛錬し、パワーピアノと自分で言っていた。

今になって当時の音を思い出せばそれはもう、ただただ暴れ馬を乗りこなすロディオの様なフレーズばかりで、ベーゼンドルファーの音にはなって無かった。

河田は音楽とは弾くことと・・・・・、でも最近というか5年もNYへ行って変った。

以前この店でゼンさんと問答しながら、JAZZって何?と二人で常に問い続けてきた。

ゼンさんがいつも言っていたのは、ジャズとは人生、生きるということそのものだと。

河田には言葉や理屈では分かっていたが、それを弾けない、否表現できない自分が見えてきて、自己嫌悪に陥り、ふらっとNYへ行ってしまった。

NYでは全てが刺激だった。

街の騒音まで意味を持っているような、生きているような、レストランで聞こえる周囲の話し声も全てがジャスに聴こえた。

セヴンスアヴェニュー・サウスにふらっと入り聴いた若手のピアニストは今売り出し中とか、河田にとって未だ聴いたことが無い音とフレーズ創りで、不思議な感覚に捕われた。

「こんなオリジナリティをどうしてクリエイトできたのだろか?」

NYでは真似は通用しない、いくらピーターソンやエバンス、ハンコックとそっくりに弾いたところで誰も賞賛はしないどころか、直ぐに席を立つだろう。

「俺は今まで日本のハンコックなどと内心思っていたことがあるな、意味無いな、俺ってなんだ?」

その日から河田の自分探しがNYで始まった。

キャバレーカードが無いから仕事はできない、蓄えは少ない。

あとはアルバイトをもぐりでやるしかない。

シッポを巻いて日本に帰るか・・・。

そんな時、以前日本でゼンさんの紹介であった事のある日本人ベーシストを思い出した。 

彼はそこを頼って行き、彼のロフトに居候をさせてもらった。

彼のベースは「ブーン」と一音を弾いただけで、NYサウンドだと感じられる何かをもっていた。

「だから彼はNYで仕事ができるのか・・」

彼のトリオとしてブッキングして貰えるようになり、小さなクラブでの仕事ができる様になった。

自分が自分らしさを主張しオリジナル・カラーを出す、且つ気に入られなければならない。

一度、理論、理屈を忘れ、自分の細々とした感性に頼ってでも自分をさらけ出した音をだそうと開き直った。

その日から「おい吾郎、いいよ、今のところ・・」と言われるようになった。

この一言が自信になった。

思い切り自分をそのまま出す。

言葉では勇ましいが、表現は実はかなり繊細で陰陽のコントラストがはっきりする構成となった。それが今の河田のピアノサウンドだ。

夕方6時半開店から、常連は集まってきた。

「ヘーェ、これがベーゼンドルファーか」と口々にピアノを眺め、席についた。

早く音は聴きたい・・・これが常連客の気持ちで、何も言わなくても伝わってくる。

ゼンさんは何時に無く、最初に司会をした。

「今日は本当にありがとうございます、待望のベーゼンが入りました、少しこの店には贅沢かなと思いましたが、幸い、別の仕事が上手くゆき、ベーゼンドルファーを入れることが出来たのです。ミュージシャンもお客さんも堪能してください。」

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7時きっかりに、河田、大野、山田のレギュラー・トリオは位置についた。

河田のソロは、静かに始まった、まるで賛美歌そのものの様に・・・ワンコーラスはシングルトーンだけのような構成で・・・・ベーゼンドルファーの音を確かめるように、そして曲の素材をそのままに。

2コーラス目から、河田独特の素朴なコードワークが加わった。

4コーラス、5コーラス目になると、ブロックコードで重厚な音になった。

ベースとドラムが徐々に加わった、大きなうねるスイングが聴くものを虜にした。

いかなる音でもベーゼンドルファーは悠然と、威厳と品格を保ち、且つ艶のある深い音であった。

河田のソロが進むにつれ、フレーズが畝ってくる、大きな大きなウネリとなるフレーズが展開され、また最終コーラスは、ソロでシングルトーンの静謐なフレーズへと戻っていった。

キャンドルだけの店内には静寂が漂っていた。

最後のエンディングの音は、Fトニックにメジャー7THを加えて、静かな水面に雫が一滴たれる音で終わった。

<話しの横道>

ベーゼンドルファーというピアノは、スタンウエイとはまた構造が少々違うようです。スタンウエイよりも響きが敏感で、その為、弾いて無い音まで聴こえるような錯覚に陥ることがあります。スタンウエイは叩くと深い音が、ベーゼンは只叩くだけでは音にならない・・・そんな難しいピアノかもしれません。特に、ベーゼンドルファー・インペリアル・モデルは低音部に8鍵が追加されています。あまり使うことはありませんが、何かベーゼンドルファーという個性を主張しているような鍵盤です。

オスカー・ピータソン、ローランド・ハナ、等はベーゼンドルファーを主に弾きました。

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コメント

山下洋輔さんの肘打ちに対抗するため
ベルリン・ジャズ祭の主宰者は、ベーゼンドルファーをわざわざ用意したそうです。
NYでは、現在《Birdland》のベーゼンドルファーが有名ですね。

fujiさん

お立ち寄りありがとうございます。

東京にもベーゼンドルファー・インペリアルは多々ありますが、ジャズクラブには無いといいながら、新宿の白龍館に・・・お店は中華屋さんでそこにベーゼンがドーンと・・・ここで洋輔さんもライブをやっています。
因みに、もう無くなる新宿の厚生年金ホールのスタンウエイは山下洋輔さんと聴くと、弦が切れると弾かせてもらえないとか・・・

私の住んでいる東京の南の端、拙宅より徒歩3分の所にピアノの調律屋さんがありまして、そこの二階が30畳ほどの広さ、バンシュタインのサイン入りのベーゼン・インペリアルがあります。
田中信正君などが来て弾いております・・・因みに半日2万円で貸してくれますが、私はネギって、1万円で借りて一人で練習に弾いたことがあります。

FUJIさんに申し上げます、当ブログにお出でになると、ブログの中の架空のあること無いことの妄想話に登場することになります、これを称して「インターラクティブ・ブログ」と言います。
お覚悟のほど!(笑)

読者の皆さん、そう今102名の常連読者さんがお出でになりますが、Fujiさんはコルトレーンの研究で世界的に名の知れた、藤岡靖洋さんですよ!
次回には着物姿で登場・・・決まりです。(笑)

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