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2010年8月23日 (月)

エピソード34:「ますますジャズ・ヴォーカル話題で」

<前回より続く>

ジャズ・ヴォーカルで盛り上がり、うわさを聞いて、久々に「25-25」さんや常連の「しんじさん」までが駆けつけてくる次第とあいなった。

ゼンさんが近いうちにはヴォーカルを決めますからと、汗をかいている。

週末の金曜のステージは開店して直ぐ満員状態になってしまった。ゼンさんは予約は取らないし、満員でも断らない、これが「ゼンさん主義」、ジャズクラブとはこうあるものだと言う主張である。満員で立ったままでも聴きたい人は聴けばいい、立ち見でもいいし、カウンターに寄りかかっていてもいい。ジャズの雰囲気ってそういうものだろうと。

以前ゼンさんはニューヨークでフラリと「セヴンス アヴェニュー サウス」へ行った、その日はあいにく満員であった、ドアーを開けるや一杯で入れない、そんな時、「ここで良ければ聴いていきな」とカウンターの裏の狭いスペースを指示された。これが嬉しかった、おまけにその直後、トコちゃんこと、故日野元彦さんが入ってきて、僕を見つけて「ここで何をしているの」、「聴きに来たのに決まっているでしょう、皿洗いをしている訳ではないよ」と笑った。ここで常連のトコちゃんはその日飛び入りで叩いた、そしてその日のヒーローになった。休み時間に、そんなトコちゃんと親しげに話していられる自分もチョット自慢顔なのが分かった。

また、ビレッジ・バンガードでも同じ経験をした、亡きマックス・ゴードンの未亡人が入り口で、狭いけどカウンターの裏にいればと言ってくれた事がある。

NYの古いジャズクラブのオーナーはみんなそんな心意気をもっている。金が無ければ入り口の階段で聴いてな!なんて粋な計らいもある。学生や苦労しているミュージシャンにはありがたい話だ。

Talikin

この様な話は、小川隆夫氏と平野啓一郎氏のジャズ対談「TALKIN’」という本にも書かれている。

小川氏はNYで医学の勉強していた時代にやはりバンガードのマックスに優しくされた思い出があると。

そんな、雰囲気を大事にする「KIND OF BLUE」には今日も沢山の常連さんが来ていた。

今日はレギュラー・トリオに加えて、アルトの太田君と男性ヴォーカルの西郷さんが遊びにきている。

久々に面白くなりそうだ。

7時より早めに音出しとなった。

最初の曲は、「CARAVAN」で威勢の良い出だしとなった。

二曲目からは早速、アルトの太田君が加わり、「BYE BYE BLACKBIRD」をアップテンポで一気に吹きだした。

出だしはアルトが無伴奏のアップテンポでテーマを吹き、テーマ後半からトリオが凄いスピードで加わった。

これは打ちあわせ無しの、その場のヘッドアレンジでやったことだった。大田君のアルトは相変わらず、アダレイ調で、チューブから搾り出す迫力で迫ってくる。ベースの山田君はアップテンポをより気持ちよくスイングさせるために、高音部からの下降進行を使いスピード感を出している。

<このアルトサックスの写真はBIRDの遺品のアルトの写真です。>

Jazz_039

5コーラスのアルトのソロが終わると、ドラムの大野の目の合図で4小節のブレイクをいれ、ピアノが絡んでソロを立ち上げた、スピード感を損なわないように、♪シドソミレドを4小節凄い速さで繰り返した。まるでピアノの4512の指の練習だ、よくピーターソンが使う手だけど、こういう仕掛けが決まると気持ちがいい。

右手のシングルトーンによるホリゾンタルフレーズから徐々に左手のフィルインを多くし、3コーラス目にはブロックコードでのパーカッシブなフレーズへと変化させていった、エキサイティングな盛り上げの典型だけど、次に続く、4-バスチェインジに見事に繋がった。アルト、ピアノ、ドラムの高速フォーバースで、お客さんは完全に音の世界に包まれた。

派手なエンディングで終わると、ドラムの大野がマイクを取って、「アルトサックス、太田 孝治!」とアナウンスした。拍手が一気に大きくなり、その拍手が納まりかけた時に、太田君が「ANOTHRE YOU」のイントロを静かに吹き始めた。「THERE WILL NEVER EVER BE ANOTHER YOU」である。

16小節のイントロが終わりかけた時、ヴォーカルの西郷さんがマイクを取った。この転調にむいた曲は演奏する際にはいいろいろな色つけが出来て楽しい、アルトの太田君はそれを楽しむかのように、半音づつ上げていった。

ピアノの河田吾郎もそこは心得ている。アルトの大田君がこの曲ではお定まりの、♪ソミレド、ソソミレド♪、というフレーズが出ると西郷さんが「イェー」と声をアルトフレーズに絡めた。

エンディングになると、半音を下げたり上げたりの転調で、繰り返し、アルトとヴォーカルが見事なハーモニーを作って、ヴォーカルが7THをとり、アルトがブルーノートを強調して終了した。

休憩時間には、ヴォーカル談義となった。その時に、ヴォーカルの西郷さんが、スタンダードでなく、オリジナル物での歌をやろうかと言い出した。「例えば?」とベースの山田君が聞いた。

西郷さんが「そうね、例えば、モーニンなんてどうかな」、「エッ、モーニンに歌詞があるのですか?」「あるさ、ビル・ヘンダーソンが歌っているよ」「モンクの曲に歌詞をつけて歌うのはカーメンがやっているじゃない」と大野が言った。ゼンさんが「ディー・ディー・ブリッジヲーターがシルバーの曲に歌をつけやっているけど、よくもあそこまでとおもうよね、だって、「フィルシー・マックナスティー」にまで歌詞をつけて歌っているんだから、でも出来がいいんだよね、何時聴いてもシルバーらしさを活かしてね」と言った。

そこへ河田がふざけて「モーニンの日本語の替え歌知っている?」と言い出した。「何それ?」とアルトの太田君が聞いた。

♪オヤジのお古のモーニング、B♭/F、洗いざらしのモーニングB♭/F♪・・・とメロディーに合わせて歌った。

みんな吹き出して笑った。それを聞いて、西郷さんが「じゃあ、SO WHATの日本語の歌詞を知っている?」と言い出した。皆、首を横に振った。

♪それで何なのさ~、ソーワット、だから何なのさ~ソーワット♪・・・全員爆笑となった。

因みにこの出だしの「オヤジのお古のモーニング」という歌詞を作った作詞家は皆さんご存知のジャズピアノニスト、山本剛氏です。彼は休憩時間に一杯飲んで、こんな歌を鼻歌調で歌ったことがあるのです。

晩夏というより、秋風が立ち始めた初秋の気持ちの良い午後、ゼンさんは、母屋のリビングでヴォーカルをどうしようと思いつつ転寝をしていた。

ゼンさんはジャズにのめり込んだ高校生時代、ヴォーカルには強い興味はなかった。黒人至上主義のハードな且つファンキーな世界を求めていた。でも4人で組んだバンドの安藤君はベースだったが、時々女性ヴォーカルのLPを買い得意がっていた。得にクリス・コナーが好きで、分からないではないが、どうせならエラやサラの方がと思ったものだ。

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安藤君曰く、「クリス・コナーを聴きながら晩酌っていいぜ」と・・・高校2年生の会話である。因みに彼は成績優秀な優等生であった。

一方で彼は、ミンガスも好きで、バンドの練習の合間に「直立猿人」の冒頭の部分、そう丁度猿人が立ち上がる表現の所をベースで真似して我々を笑わせていた。

バンドのメンバーからは、当時ベースのレイ・ブラウンの奥さんだったエラ・フィッツジェラルドがやはり良いのではと言う声が多かった。

高校生としてはチョットマセていたアルトの軒口君がスタンダードの歌詞の意味深な部分を持ち出して、「これどういう意味か知っているか」と英語の勉強には全く役に立たない解釈を振り回して喜んでいた。

当時のポピュラーのヴォーカルの流行は弘田三枝子で、コニー・フランシスの曲が多かった。

後年、弘田三枝子はビリー・テイラーとのレコーディングが出て、これが最近また再発となった。ここに良く見えられる25-25さんはこの盤を絶賛していらした。男は尾藤イサオや鹿内タカシが、「ワークソング」や「マック ザ ナイフ」を歌っていた。スタンダードでは笈田敏夫や旗照夫あたりがTVにでて歌っていた。

DUKEさんからザ・ピーナツが「モーニン」を日本語で歌っていたと言う情報を頂いたこともあります。

今だからこそ、一度聴いてみたいものですね、何方か音源を持っていらしたら紹介してください。

女性では三宅光子、今のマーサ三宅さん、後藤芳子さん、等で女性陣の方が層が厚いように覚えている。

当時歌というと、何か軟弱な感じがして、男っぽい強い感じのハードバップばかりを追い求めていた。

本当にヴォーカルに興味を持ち始めたのは、大学から社会人になる頃だった。やはりビートルズの影響が大きい。私はジャズが好きな手前、ビートルズ等という流行り物は商業主義の権化と批判的であった。

がしかし、とりあえず武道館には行き、生ビートルズを観て、聴いた。

私を取り巻く同年代はみなビートルズ愛好者であった。そしてジャズ界にもビートルズ旋風が押し寄せた。

ジャズ・ミュージシャンがビートルズの曲を取り上げ始めたのだ。

そして、曲をジャズというフォーマットに載せて焼き直して聴くと、結構良いではないか。

それに、大学でバンドを編成し、人前で演じるとなるとどうしても人気曲をやらざるを得ない羽目になった。

我々のバンドで最初に取り上げたのが「HARD DAYS NIGHT」であった。

大学時代にピアノトリオ、ビッグバンドをやり、ついにはセルジオメンデス&ブラジル66のコピーバンドを編成したことは少々前にも話した。

大学最後の年、ウッドストックがあった。そして生のウッドストックを聴く機会を得た。この印象は、ジャズという事を離れて、強く今でも残っている。ジミヘン、バエズ、ディランがそこに居た。

そんな過程を経て、私はサラ・ボーンのファンになった。

片端からサラのLPを買い漁った、大橋巨泉氏がカーメン・マックレーのコレクターと聞き、これに負けずとサラを集めようと意地をはった。

来日の度に聴きに出かけた。でも終生、サラと個人的に話す機会は得られなかった。

そして、一番印象に強いコンサートは1974年10月のサンプラザでのコンサートでこれは「サラ イン 東京」として二枚組みのLP(CD)で発売されている。

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この会場で生で聴いた時、サラ・ボーンという歌手の凄さを肌身で感じた。

ベスト盤はこのライブ盤と、「枯葉」と「チボリ」だと思っている。「枯葉」は同じく大好きなピアノ、ローランド・ハナが付き合っており、サラの雰囲気とハナの粒の揃った珠の様なトーンが相まって素晴らしい出来になっている。

今でもサラはよく聴く。

因みに私の傍に登場し、個人的に会話を交わしたヴォーカリストは・・・外国だと、アイリーン・クラール、アニタ・オディ、サリナ・ジョーンズ、ローズマリー・クルーニー、ドーリー、ベイカー、ヘレン・メリル等、日本人で親しかったヴォーカリストは、峰順子、中本マリ、阿川泰子、金子晴美、マリーン、チャリート、酒井俊、細川綾子、上野尊子、東郷輝久、ITS等。(敬称略)

特に亡くなった峰さんはローランド・ハナとの録音「プリ・モーニング」があり、愛聴盤である。

峰さんは、ロレンツ・アレキサンドリア張りの歌を聴かせてくれて、私にヴォーカルの魅力を教えてくれた人でもあり、アイリーン・クラールを紹介してくれた人でもある。(ついでと言っては何だが、ピアノのアラン・ブロードベントも紹介してくれた)

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アイリーンには、今はもうもらえないサインをこの時沢山もらった。アイリーンも峰さんもあの世でデュエットをしているかも知れない。

アニタ・オディは小さなライブハウスで話をした。その時お客の女性が履いていたいたブーツが気に入り、同じものが買いたいという。僕はそのお客にどこで買ったかを聞き、教えたが良く分からない。そこで翌日、一緒に買いにゆくことになり、マネージャー共々、三人で渋谷へ買い物に行った。一緒に食事もして、その日の夜のライブへは一緒についていった。僕は関係者として入ることができた。

男性なら、東郷輝久氏で、仕事の終わった夜中にお互いの家に上がりこみ、お茶を飲んだり、彼はお酒を飲んだりと、よく拙宅の居間でとぐろを巻いていた。

そうドーリー・ベイカーさんは日本に来る前はアメリカで既に売れていた歌手だったが、ご主人の仕事で日本に住み着き、その後も居ついてしまった。

彼女の赤坂のマンションには仕事の帰りによく僕の車で送っていった。僕の友人のドラマー大隅寿男が初アルバムを出した。その直後、彼女の家で新譜発売祝いをしようと、彼女のマンションで大隅トリオのメンバーと僕とあと僅かな関係者でホームパティーを開いてくれた。

僕が主催した個人的なジャズパーティーにも出演してくれ、一緒に歌ってくれた。

僕の生きた英語の先生でもあった。2001年には米国へ帰ったが、最近また来日すると聞いた。またあの温かい歌声を聴きたいものである。

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そんな、ヴォーカリスト達はみんな、LPが出る度に僕の名前入りでLPにサインをしてくれた。

ゼンさんは転寝をしながら走馬灯のように思い出をめぐらせていた。

そうだ、この「KIND OF BLUE」にはドーリー・ベイカーさんを招待しよう。

ここで玄関のチャイムがなり、目が覚めた。

「どなた?」

「オレだ!」

「???」 ドアーを開けると、昨夜店で飛び入りで歌い騒いでいた西郷さんとドラムの大野が二人で立っている。

「ヴァーカルやろうぜ!」と西郷さんは言うなり、部屋にあがり込んでいる。

今夜もまた大騒ぎになりそうだ。

<次回に続く>

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