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2010年9月 9日 (木)

エピソード42:「私の人生を変えた一枚 」の巻

<前回より懲りずに続く>

・・・前の回では、アート・ブレイキーと私の出会いについて少々書いたので、今回は一体何故ジャズが好きになったのか・・・という50年前の話をしてみよう・・・・全てはこの一枚から始まった・・・

Jazz_jm_fontana

「アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズのすべて」

Fontana-5024(日本ビクター盤)(オムニバス盤)

曲目:A-1:Moanin‘

   A-2:I Remember CLIFFORD

   A-3:Blues March

   B-1:Theme from Des femmes desparaissent

   B-2:Whisper Not , Just by myself, Fair Weather

   B-3:NO Problem

   B-4:NO Hay Problema

   B-5:Nigth in TUNISIA

Personel

   Lee Morgan(Tp)

   Benny Golson(Ts)

   Bobby Timmons(P)

   Jimmie Merrit (b)

   Art Blakey(Drs)

           B-5:Ts)Wayne Shorter

               As) Barne Wiran    P) Walter Davis Jr.

1960年、中学時代のある日、登校途上で交わした友人からの問かけ、「お前、モダン・ジャズって聴いたことあるか?」、この一言で、私の音楽人生が決まった。「ジャズは聴いたことあるけど、モダン・ジャズはないよ」、

「カッコいいんだ、一度聴けよ、先ずアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズのモーニンから」。彼はモーニンのテーマを歌って解説してくれた。

数日後、私は下校途中、蒲田の駅前のレコード屋へ立寄った。小さなレコード店でジャズのコーナーは少しであった。その殆んどは、ベニー・グッドマン、グレン・ミラー等の白人スウィング系のレコードばかりだった。そんな箱の中から一枚の異質のジャケットを見つけた。

縦に三分割されたジャケットには、左にサックスを吹く男の横顔、真中にトランペットを吹く男の正面の写真、右に明らかに黒い顔をし、大きく口を開けた黒人の写真、ジャケットの裏(ライナー・ノーツ)を読むと第一曲目に「モーニン」と書いてある。モノラル盤の値段は1500円だった。月に1000円の小遣いにはちょっと高額だったが思い切って買った。

30cmLPの入った袋を持って電車に乗るだけで、何か特別に高尚なものを持っている様な気分になった。

早速、家に着くとファイファイ装置の電源を入れ、LPをジャケットから取り出し、ターンテーブルに乗せた、ピックアップ・アームを下ろした。

自分自身で初めて買った30cmLPに針が下ろされた。

ピアノの第一音で始った「モーニン」のテーマは友人の口から聴いたメロディーとは全く違う、とても新鮮なクリアーな音だった。私が子供の時にピアノの先生から習った音でもなかった。

テーマは、2コーラス目から管が加わる、このアンサンブルは聴いたことが無いハーモニーだ、背筋がゾクッとして鳥肌がたつのを覚えた。

私は不明にして、ジャズがそのテーマの後どの様に展開するのか知らなかった。

引き続きでてくる、リー・モーガンのトランペットの第一音は、鋭い高音で脳天を一撃する単音であった。

トランペットに引き続き、ベニー・ゴルソンのテナーが、そしてその後にこの曲の作曲者ボビー・ティモンズのピアノと続く。

これが即興のアドリブと理解できるまでには少しの時間が必要であったが、これは譜面に書かれている音楽では無いことを感じ取ることは何となく感覚で分かった。

そして、この盤のA面とB面5は、パリのオランピア劇場での実況録音盤で、会場の熱気と興奮も凝縮されて、聴く者に伝わってくる。

2曲目の「アイ・リメンバー・クリフォード」はゴルソンが早逝した天才トランペッター クリフォード・ブラウンに捧げた曲でこれを吹かせたら、リー・モーガンの右に出る者はいない、美しくも哀愁の漂うメロディーをこれでもかとアドリブで展開するモーガンのフレーズは一度聴くと耳からはなれない。

また3曲目の「ブルース・マーチ」は威勢の良い聴きやすい、メッセンジャーズのヒットメロディーだ。

B面は一転して、フランス映画に使われた曲が4曲続く。

1960年代、ヌーベルバーグ(新しい波)と言われたフランスの映画監督はこぞって映画音楽にモダン・ジャズを取り入れた。

ルイ・マルは「死刑台のエレベーター」でマイルス・デイビスをつかった。

マルは音楽の無いフィルムをマイルスに観せ、ストーリーと画面の状況から自由に音へと反映させた。

これが成功した。

ジャズ・ミュージシャンは、楽譜はもとより、情感や情況を音へ映し物語ることに長けている。

他の音楽家と顕著に異なるところではないだろうか。

ロジェ・バディム監督は「危険な関係」を全編ジャズで構成した。

華麗で退廃的で且つ哀愁のあるメロディーはこの映画のテーマにも合致した。

しかし、作曲のデューク・ジョーダンとの間で曲の使用権問題がおき、映画会社との間で裁判になった。この裁判中はこの曲を演奏することを憚った、裁判でジョーダンが勝訴し無事自由に演奏ができることになったので、題名が

NO PROBLEM」となった。本当は「危険な関係のブルース」である。

この経緯をもじったシャレの題名である。

最後の曲「チュニジアの夜」はブレイキーの十八番、これで最後の締めとなる。LPの曲順も見事に考えられている。

50年代から60年代のモダン・ジャズが世間に広く認められ、勢いに乗ってゆく第一歩の記録である。今尚新鮮な響きをもって私の耳と心を震えさせる。爾来、ブレイキーは私のアイドルとなった。

このレコードを聴いてから半年後の1961年1月2日、産経ホールでジャズ・メッセンジャーズのコンサートを聴き、レコード以上の衝撃を受けた。

13歳当時の拙い音楽知識では解決できないジャンルの音楽であったが、感覚的に虜になった。

音楽全体から受ける雰囲気は何か、不健康で退廃感があり、不良っぽい響きを感じた。

リー・モーガンが前に出てソロを取る姿勢と音は、私の中で当時流行していたロカビリアンの音や振り付けなどを稚拙なものにしてしまった。

叉、ボビー・ティモンズのピアノを弾く姿勢などは、ピアノの先生が見たら卒倒しそうな姿勢と指使いで、これがまた僕の心の中で「ざまー見ろ、こんな格好でもこんなに弾けるのだぞ」という反抗期的感情が小気味良く生れていた。

そして、何より、アドリブは僕の嫌いな音符に書かれているものでは無く、自分の感情の赴くままに「勝手に演奏」できるという事、それが目の前で見事なメロディーフレーズとなって耳に入って来る。

ジャズに名演奏あれど、名曲なし・・と聞いていた。

そして二度と同じ演奏は不可能なこと、ここ一番の一発勝負、これがまた私が気に入るところとなった。何故か、優等生ばかりが良い演奏をできる訳ではない・・感性の鋭いものがより良い演奏の可能性がある音楽・・・と言い換えられるところである。

瞬間的な創造で生み出された音が、人々の耳から入り心を揺さぶり、感情を高ぶらせ、ある時は泣かせ、そして二度とその音は戻って来ない。

生れて死すまでが一瞬であり、常にそれが繰り返される、次に同じ曲を演奏してもそれは全く新しいものであり、音の誕生と死と再生の繰り返し、その音列にブルーノートという西洋音階には無い、とても泥臭い退廃的なある種の性的感性(エロティシズム)を刺激する音の存在が麻薬的な要素となって、自分の感性のどこかに住みついた事が分かったのは高校3年のころであった。

こんな理屈で表現する以前に、訳の分からない刺激で13歳の感性は侵されていた。

しかし、一聴、不健康と思われた音に、エネルギッシュなパワーが内在し、気持ちを高揚させ、力が漲ってくる感覚もあり、また、哀しい曲には、哀愁と美しさが相まって、何度も同じフレーズを聴きたくさせる力を持っていた。

これが、同じ曲を何度も繰り返し聴かせる原動力となって、100回否、200回だって聴きたくなる源でもあるのだった。

奏者、即ちインプロバイザーの気持ちと心を聴くことに他ならない。

「音を聴くのではなく、奏者が紡ぎ出す物語を聴く」のだと分かるまでにそんな時間はかからなかった。

爾来、この音楽の虜になること50年を越えてゆくのである。

<次回へとまだまだ続く>

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