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2010年10月14日 (木)

エピソード52:「名人は危うきにあそぶ」

<前回より続く>

ゼンさんは、心地よい午睡の中にいた。

夢の中で、ゼンさんはいつもの様に「KIND OF BLUE」のカウンターの傍に立って河田の演奏を聴いていた。

お店の階段を一人の黒人が下りてきた、顔がよく見えない。

楽器ケースを抱えている、ゼンさんは目を凝らした。

ソニーだ、ソニー・スティットだ、最後に会ったのは、確か1980年だったか、82年に亡くなる前だった。

「ハーィ」ソニーが声を掛けた、「What‘s New?」ゼンさんが話した。

ソニーがケースからアルトを出した、河田の演奏に加わった。

曲は「ANGEL EYES」だ、一気にテーマを無伴奏で吹ききった、そして、2コーラス目からリズムが入った。

チューブから搾り出すような音にスラーをかけてオクターブを上げる、一気にサブトーンのピアニッシモでつぶやくフレーズを吹く。

とてつもなく早いシングル・タンギング・パッセージ、そして一瞬の間、そして複雑な転調・・・聴く者には素晴らしいソロを悠々と吹くソニー・スティット、しかし同じ楽器を演奏するプロから見ても神業だ。

名人はバカテク(超絶技巧)をそれと感じさせない、悠々と余裕すら感じさせる。

ソニーのソロが3コーラスを吹いたところでゼンさんは目が覚めた。

ソニー・スティット、1924年生れ、1946年に初リーダーアルバムを録音、1982年の最後のリーダーアルバムまで100枚を越えるアルバムをつくった。

ガレスピーのバンドにも参加、アルトサックスでデビューした。

1947年にはエスカイヤー誌のアルト部門のニュースターに選ばれた。

スターは勿論、先輩格のチャーリー・パーカーだ。

スティットはその天才ぶりが、あまりにバードに似ている為、バードのイミテーターとして見られることになった。

スティットはパーカーの物まねと言われるのを嫌い、楽器をテナーに持ち替えた。

ジーン・アモンズと組んで2テナーのコンボをつくり、「BLUES UP AND DOWN」<Prestige>と言う名盤を残した。

正に名人が二人でテクをテクと思わせずに吹きまくる、「名人は危うきに遊ぶ」とは私の尊敬する憧れのご夫妻、白洲正子女史の名著だが、その言葉を音楽にしたような作品だ。

その後バンドではリーダーになることは少なかったが、レコーディングでは多かった。

代表作は、「スティット ウイズ パウエル&JJ」、「スティット プレイズ バード」「チューンアップ」「グルービンハイ」等を挙げる評論家が多い。

しかし、私の代表作はなんといっても「SONNY STITT Plays Arrangements From the pen of QUINCY JONES」だ。

LPの写真)

Jazz_sstitt

13人の名人によるフルバンド、編曲はこれまた名人のクインシーときたらメンバーに不足はない。

13人をバックにスティットが一人でアルト吹きまくる、スティット一色だ。

       my funny valentine

       sonnys bunny

       come rain or come shine

       love walked in

       if you could see me now

       quince

       stardust

       lover

1955月、10月録音

TP: jimmy nottingham, ernie royal, thad jones, joe newman

Tb: JJ. Johnson, jimmy

cleveland

As,Fl: anthony ortega

Ts: seldon powell

Bs: cecil payne

P: hank jones

G: freddie green

B: oscar pettiford

Ds: jo jones

高校生の頃、この盤を聴いた、何故これだけの凄いメンバーがソロを取らず、バックにまわり、スティットが一人舞台、何かもったいない感じがした。

でも、スティットのアルトが好きだった、何故、テナーに変更してしまったのか、バードとは違う個性があるじゃないかと。

バードはアルトで曲芸をやってのけた、そしてビー・バップの何たるかのモデル演奏を全て完璧にやってしまった。もうアルトでやるべきことは無くなってしまった。

スティットはそしてテナーに持ち替えた、職人として名人は何をもっても名人だった。

でもスティットは技術をひけらかすことなく、その表現内容に重きをおいた。

ロリンズでもない、トレーンでもない、ゲッツでも、モブレイでもない・・・スティットはスティット。

1980年、亡くなる2年前に来日、制作したアルバムがある。

GOOD LIFE」 1980年11月録音

(ジャケット写真)

Imgp1348

SONNY STITT WITH HANK JONES TRIO

B) Jeorge Duvivier DrsVoGrady Tate

1、       duces wild

       autumn leaves

       angel eyes

       bye bye blackbird

       polka dots and moonbeams

       my funny valentine

       as time goes by

       aint misbehavin

       good life

10    body and soul

「ペン オブ クインシー」に次ぐ私のフェバリット盤だ。

大好きな「GOOD LIFE」が入っているだけではない、スタンダードの歌心を理解している名人4人がここでもシットリと技術をひけらかすことなく、でも名人芸の語りを聴かせてくれている。

名手 スティット、「名人は危うきに遊ぶ」

<次回へと続くのだ>

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