« エピソード52:「名人は危うきにあそぶ」 | トップページ | エピソード54:「おいらはドラマー」 »

2010年10月18日 (月)

エピソード53:「ベーシスト、レジー・ワークマンのこと」

<幻のジャズクラブ「Kind of Blue」は今日も満員、熱っぽい演奏が展開されている・・・さあ、皆さんもいらっしゃい!>

最初の演奏時間が30分程たって、一人の男が入ってきて無言で空いた席についた。

黒のツバ広の帽子を目深にかぶり、顔はひげ面だった。

黒のシャツの襟をたて、チャコールグレイのパンツ、パンツの裾から靴を見ればそれが黒のブーツである事が分かる。

スコッチのロックとチェイサーをオーダーし、静かにグラスを傾けていた。

店は7分の入り、河田トリオは「オータム イン ニューヨーク」を演奏していた。

ゼンさんが母屋から本を一冊もってきた、その留守にその男は一人で入ってきたのだ。

マネジャーの山ちゃんが席に案内した。

「初めてみる顔だ」とゼンさんは思った。「雰囲気はプロのミュージシャンかと、でも誰だろうか、分からない」

ゼンさんは暫く話し掛けることはしなかった。

河田は第一ステージの最後の曲はバラードにした、「ハッシャ バイ」だ。

そしてテーマをベースの山田君がアルコで弾いた、まるでカデンツアで唄うように、この曲独特のウネリが弦で表現された。

ソロになってリズムが入り、ピアノが引き継いだ。

「おお、いいじゃないか」ゼンさんは思わず声に出しそうになった。

そして壁際にいる帽子の男に目をやった。

「あれ」横顔に見覚えがあった。

ピアノが最後のテーマに入った、トレモロでエンディングを盛り上げている、お客は何時にない展開の「ハッシャ バイ」に聴き入っている。

演奏が終わって休憩に入った。

「おい、深谷じゃないか、そうだろう、久しぶりだな、25年くらいか」

「うん、25年ぶりの日本だ」

「いつ帰ってきたんだ」

「一昨日だ、君がここでライブをやっているって聞いたから」

「誰からだ」

「アメリカから日本にきたミュージシャンがよく来るだろう、東京に良いクラブがあると聞いていたんだ、あの河田もNYにいた時言っていたよ、ゼンさんの店で弾いていたって」

「君の評判は聞いているぞ、NYでの評判は凄いじゃないか」

伝説の日本人べーシスト、深谷 純、ゼンさんと学生時代バンドを組んでいた。

大学を出るとプロになるといってライブハウスで中堅のピアニストと組み仕事をしていた。30歳を過ぎた頃に日本から姿を消した。そして彼はNYに居るとウワサに聞いた。

そして彼が消えて10年くらい経って、アメリカから来たミュージシャンに噂を聞いた。

「NYにJUNという名の凄い日本人ベーシストがいる、彼は、ジャズが何だか、ベースが何だか、そしてブルースが何だか分かっている」とゼンさんは聞いていた。

それがあの深谷君だとは分かっていてもその音を聴いていないので実感がわかなかった。

その彼が今25年ぶりでやってきた。

日本からNYへ行ったミュージシャンが言う、彼の音は一音でわかる、ブーンと弾いたらもうニューヨークの音なんだと。

ジャズは音質が大事だ、これが個性にもなる、表現の半分は音質だ。

特にベースは音質がイコール個性だ、太くてシッカリした音を誰しもが求める。

ゼンさんは河田や大野、山田を紹介した。河田は「やあ、久し振り」と挨拶をした。

河田もNYで5年修業をした、その間に彼等は会っていた。二人ともNYの音を追求していた時だ。

特にべースの山田君は緊張して挨拶をしていた。

彼は簡単には飛入りでは演奏しない、山田君が敬意を表して、「どうぞ」と言ったが、その日は最後まで静かに聴いていた。

そして最後のステージでやおら立ち上がってベースのところに来て交代した。

河田が「何を」と振り向いた。

深谷はアルコを取り出すとソロで弾き始めた、「YESTERDAYS」だ、うねるようなメロディを弦独特の伸びのある音でテーマを弾く。まるでチェロを弾いているようだ。

お客さんはとてつもないゲストに聴き入っている、誰も帰ろうとしない。

深谷のテーマの解釈には万感が込められていた、25年間の思いがこの曲の歌詞を思い出させるように奏でられれてゆく。

無伴奏でテーマを弾ききったそして、ピッチカートに入ってインテンポとなり、河田がピアノソロを取った。

バックで弾く深谷の音は重かった、でも音程はクリアーで太い、低音が通る、ベーゼンドルファーの音質に見事に絡まっている。

ゼンさんはこれがNYの音かと感じながら、まるで違う音を出す深谷に25年間で何があってこうなったのかと考えていた。

河田のソロが終わると、深谷がソロをとった。

ベースの音域を全部使うという表現がいいのか、最低音から最高音まで使って、哀愁の調べを奏でてゆく、ベースがこんなにも表現豊かな楽器かとゼンさんは再認識した。

アンプの音量に頼らず、できるだけ生の音を出している、決して音量の大きい楽器ではないが存在感のあるビート感覚で勝負している。

エンディングは河田のピアノで終えた。

拍手が凄い、終わらない。

この話を書くときに、ある時の一シーンを思い出し、イメージしました。

それはある日、行き着けの六本木のジャズクラブに、一人、物静かなヒゲずらの黒人が、隅で聴いていました。

僕はそれが誰だか分からなかった、でもステージが終わって、もうお客が数人しか居なくなってから、その日のミュージシャン達に、「やろうか」と言って立ち上がったのです。

皆は誰だか知っていました。

レジー・ワークマンその人だったのです、丁度NYから来ていたのです。

その音を生で聴くことができました。

もう最初の一音から違って聴こえました、やはり音質だったのです。

その音色が日本の音ではなかったのです、NYの音でした。

その時、僕は初めてベースの音色と言うものを確認した気がします。

太い、渋い、重い、音でした、でもスイングするのです、タイミングはあくまで後ろ一杯で、もうリズムが裏になりそうでした。

でも不思議と不快感は無く、その音の存在感は心地よいものでした。

ベースはやはりジャズの根底をなす音だなと思った。

以来、ピアノを弾くにしても、頭の中にはベースの音がいつも鳴っているようになった。

よくある楽器のデュオ、僕は、ベースともう一つという組み合わせがいい。

ピアノ+ベース、ベース+管楽器、ベース+ヴォーカル、こんな組み合わせで、二人が良い絡みをしたら、さぞかし鳥肌ものだろうと・・・

<次回へ懲りずに続く>

1015_019

<前回より延々と続く>

« エピソード52:「名人は危うきにあそぶ」 | トップページ | エピソード54:「おいらはドラマー」 »

「音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1371081/37288909

この記事へのトラックバック一覧です: エピソード53:「ベーシスト、レジー・ワークマンのこと」:

« エピソード52:「名人は危うきにあそぶ」 | トップページ | エピソード54:「おいらはドラマー」 »